江戸後期、鳴滝塾を開き日本の蘭学者に大きな影響を与えたドイツ人医師は誰でしょうか?
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解説
文政6年(1823年)にオランダ商館付医官として来日したドイツ人医師のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、長崎の鳴滝塾で多くの門人に西洋医学や博物学を教え、日本の蘭学者に大きな影響を与えました。同じくオランダ商館の医師として来日したケンペルは、元禄3年(1690年)から2年ほど日本に滞在した人物で、シーボルトより130年余り前の時代にあたり、鳴滝塾のような塾を開いて日本人を体系的に指導した記録はありません。ヘボンは幕末の開国後、安政6年(1859年)に来日したアメリカ人の宣教医で、ヘボン式ローマ字の考案者として知られますが、出島のオランダ商館とは無関係です。モースは明治10年(1877年)に来日したアメリカ人動物学者で、大森貝塚の発見者として知られ、蘭学が盛んだった時代とも分野とも異なります。シーボルトは文政11年(1828年)、帰国に際して国外持ち出しが禁じられていた日本地図を所持していたことが発覚したシーボルト事件で国外追放となりましたが、安政6年(1859年)に再び日本を訪れています。
出典: 日蘭関係資料検索ガイド 「オランダ通信-第3章 蘭学-」フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト
情報確認日: 2026年7月31日