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雑学クイズ
歴史 ふつう

明治初期の岩倉使節団の主な目的として最も適切なのはどれでしょう?

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正解

C)欧米視察と条約改正交渉

解説

岩倉使節団は1871年11月に横浜を出航し、目的は条約を結んだ各国への国書捧呈と不平等条約改正に向けた予備交渉、そして各国の制度や文物の視察調査でした。最初の訪問国アメリカでは伊藤博文と大久保利通が一時帰国して交渉に必要な国書委任状を持ち帰ったものの、領事裁判権の撤廃や関税自主権の承認をアメリカ側に認めてもらえず交渉は中止となり、以後訪れたイギリスやフランスなど12か国では具体的な条約交渉を行わず視察に専念しました。蝦夷地開拓の実地指導は使節団の目的に含まれておらず、訪問先も北海道ではなくアメリカやヨーロッパ諸国です。朝鮮との修好交渉のみという説明も誤りで、使節団が国書を捧呈し交渉を試みた相手は条約を結んだ欧米諸国であり、朝鮮は訪問国に含まれていません。征韓論の実行準備という説明も違い、副使だった大久保利通や木戸孝允はむしろ帰国後に西郷隆盛らの征韓論に反対する側に回っており、使節団の派遣自体が征韓論実行のための準備だったわけではありません。使節団は約1年10か月をかけて欧米を回り、成果は米欧回覧実記としてまとめられました。

#岩倉使節団 #明治維新 #条約改正 #欧米視察
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