歴史
難しい
ウル・ナンム法典は、どの古代地域と特に関係が深い?
💡 選択肢を選ぶと正解と解説が表示されます。ランダム10問プレイに進むとスコア・ランキングに記録されます。
解説
ウル・ナンム法典は、メソポタミア南部の都市国家ウルを都としたウル第三王朝の創始者ウル・ナンムが紀元前21世紀ごろに定めたもので、現在確認されている中で最古の成文法です。粘土板には逃亡した奴隷を主人のもとへ送り返す規定や、身体への加害を銀の支払いで償わせる規定が記されており、目には目をという後代の応報刑よりも先に、金銭による賠償という考え方が採られていたことを示しています。中世フランス地域は9世紀以降に封建社会が形成された地域、古代日本列島は最初の体系的な法典である大宝律令が701年に編まれた地域で、ウル・ナンムの時代から2700年以上後にあたります。北欧ヴァイキング地域も8世紀以降に活動した社会で、いずれも粘土板に刻まれたシュメール語の法典とは時代も地域もかけ離れているため、正解にはなりません。ウル・ナンム法典はハンムラビ法典よりおよそ300年さかのぼる点でも、メソポタミア法制史の出発点として位置づけられています。
情報確認日: 2026年7月26日