歴史
かんたん
江戸時代の長崎・出島で、鎖国下でも限定的な貿易を許されていたヨーロッパの国はどこでしょうか?
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解説
寛永14年(1637)の島原の乱をきっかけに江戸幕府はポルトガルへの警戒を強め、寛永16年(1639)にポルトガル人を追放しました。代わって寛永18年(1641)、平戸にあったオランダ商館が出島へ移され、以降安政の開国まで約218年間、出島はヨーロッパに開かれた唯一の窓としてオランダとの貿易だけを許しました。ポルトガルは島原の乱で幕府に疑われた当事者そのもので追放の対象になり、オランダは同じ乱で原城を砲撃して幕府への忠誠を示し信頼を得たことで貿易を続けられました。イギリスも平戸に商館を開きポルトガルやオランダと貿易を競っていましたが、出島の時代まで交易関係を続けることはできませんでした。スペインは出島が完成する1636年より前、ポルトガル人やイタリア人とともに長崎で南蛮貿易を行っていた国で、出島を窓口とする鎖国期の貿易には加わっていません。
情報確認日: 2026年7月26日