歴史
ふつう
明治初期の地租改正で、当初の地租は地価の何%と定められたでしょう?
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解説
1873年に公布された地租改正条例では、地租は地価の3パーセントと定められました。1パーセントは、地租改正が全国に広がる前の1872年に市街地だけに適用されていた税率で、農村の年貢とは別枠の暫定的な数字にすぎません。2パーセントという税率は史料上一度も採用されておらず、実際に引き下げられたのは1877年の2.5パーセントで、地租改正条例が定めた当初の3パーセントとは別の年の数字です。5パーセントは、さらに後の1898年に地租条例が改正された際に市街宅地へ限定して課された税率であり、地租改正の発足時点の税率ではありません。地価を基準に金納する仕組みへの転換は、府県ごとにばらばらだった年貢制度を全国一律の基準へ置き換える狙いを持ち、地租改正条例はその出発点として3パーセントという税率を明記した点に特徴があります。
出典: 表2 地租税率等一覧|租税史料叢書|税務大学校|国税庁
情報確認日: 2026年7月26日